鼻が詰まるとは、人生そのものが詰まっているということだ
「鼻がつまって眠れない」と嘆く者が後を絶たない。だが問題は、そこに“病”としての認識がほとんどないことだ。鼻づまり——正式には「鼻閉(びへい)」と呼ばれるこの現象は、単なる不快感ではない。いびき、無呼吸、炎症、免疫低下、集中力の欠如……あらゆる全身疾患の静かな温床である。にもかかわらず、多くの人は鼻をかみながら「まあ、そんなもんだろう」と現実逃避を続ける。
鼻づまりが生む「いびき」と「無呼吸」の連鎖
鼻という高性能フィルターが詰まると、人は口で呼吸を始める。これは、ろくに舗装もされていない砂利道を走る車に等しい。車内は汚れ、フィルターは機能せず、エンジン(=身体)は壊れるのを待つばかりだ。
- 睡眠時無呼吸症候群の悪化
- 日中の強烈な眠気と生産性の低下
- 高血圧、糖尿病など生活習慣病の増悪
鼻呼吸を奪われた喉の末路
鼻が持つ「空気加湿&加温装置」としての機能が停止すれば、咽頭や気管支は剥き出しの環境に晒される。そこで待ち受けるのは、慢性的な炎症と咳、そして嗄声(声枯れ)である。
- 咽頭炎・上気道炎の慢性化
- 乾燥性咳嗽、声帯の負担増加
気管支と肺に降りかかる静かな破壊
口呼吸の常態化によって、バイ菌たちは何の障壁もなく気道を進撃する。これを放置するのは、無防備な城の門を開け放つに等しい。
- 気管支炎の再発・慢性化
- 肺炎(特に高齢者・小児での重篤化)
鼻閉がもたらす子どもへの長期的代償
「鼻がつまってるだけでしょ?」という無理解が、子どもの将来を歪める。骨格の発達から学力に至るまで、鼻呼吸はすべての基礎である。
- 下顎の成長異常、出っ歯化
- 歯列不正による咀嚼力低下
- 集中力・学力の著しい低下
大人を蝕む「慢性鼻閉症候群」
鼻が詰まった日々が続けば、脳も心も鈍る。味覚は消え、嗅覚は衰え、何も感じなくなる。そのうち「感情」さえも詰まってくる。
- 味覚・嗅覚の障害
- 中耳炎、緊張型頭痛、慢性倦怠感
- 抑うつ、気分障害
治療の選択肢——西洋薬と漢方の協奏曲
西洋医学が提示する即効性のある手段
「対症療法」——言葉は悪いが、それが得意なのが西洋薬。鼻炎においてもその即効性はありがたい。ただし、永遠に頼るものではない。
- フルチカゾンなどのステロイド点鼻薬
- アレグラ・クラリチン等の抗ヒスタミン薬
- ムコダイン等の去痰薬、外科的矯正手術(鼻中隔矯正術など)
漢方という「体質」へのアプローチ
「鼻づまりに葛根湯」などと軽々しく言うなかれ。漢方は体質全体を捉え直す医学であり、症状を“根こそぎ”動かす力を持つ。
- 小青竜湯:アレルギー性鼻炎で水様性鼻汁に有効
- 葛根湯加川芎辛夷:副鼻腔炎による鼻閉に対して古典的な処方
- 荊芥連翹湯:繰り返す鼻炎と体質的炎症の改善に
- 補中益気湯:免疫力と気力の底上げに寄与
点鼻薬の罠——“効きすぎる薬”の末路
ナファゾリンなどの血管収縮剤は、たしかによく通る。だが、それに慣れた鼻は自力で通らなくなる。「薬剤性鼻炎」——これが現代の依存症である。
鼻が通る。それは単に空気が通るだけの話ではない
鼻が通れば、睡眠の質が変わり、集中力が戻り、精神も穏やかになる。つまり、鼻づまりの改善は人生の“再起動”に他ならない。にもかかわらず、今日もどこかで「まあそのうち治るだろ」と鼻をすする者がいる。それこそが日本の医療リテラシーの“鼻づまり”なのである。鼻づまり一つで、人生は変わる。ならば、まずはその鼻を通すことから始めてみてはどうか。
とひとりごつ
信州会クリニック(日本橋・人形町)オンライン診療にも対応