化粧水は必要か?──「水商売」としてのスキンケア

 

化粧水は必要か?──「水商売」としてのスキンケアをめぐる皮肉

化粧水というものは、日本人にとって宗教的儀式に近い。「とりあえず洗顔のあとに化粧水」という行為は、朝の歯磨きや夜の風呂と同じくらい当たり前に組み込まれている。
しかし冷静に考えてほしい。皮膚科学的に、化粧水は本当に不可欠なのだろうか。あるいは、単なる「気休めの水分」なのか。
ここでは皮膚科学と医薬品の観点から、あえて皮肉を込めて「化粧水不要論」を展開してみたい。

化粧水の本質──「水に色をつけただけ」の商品

化粧水の主要成分はごく単純である。水、グリセリン、ヒアルロン酸、少量の防腐剤や香料。つまり「水に甘味料を溶かした清涼飲料」と同じで、本質はただの水である。
角層に一時的に潤いを与えることはできても、皮膚の奥深くにまで水分を送り込む力はない。
よく広告では「肌の奥まで浸透」とうたわれるが、角層の厚さわずか0.02mmの世界において「奥」とはせいぜい数十ミクロンの話である。実際には表皮バリアを突破するような「奥までの浸透」はあり得ない。

蒸発の罠──水分は肌を潤すどころか奪っていく

一度濡らした皮膚は、やがて乾く。乾くときに皮膚表面の水分だけでなく、角層内部の水分まで一緒に連れ去られる。
これを「経表皮水分蒸散(TEWL: Transepidermal Water Loss)」という。
化粧水を塗った直後にしっとりするのは錯覚であり、その後は逆に乾燥を助長することすらある。
つまり化粧水は「水分を与える」というよりも、「水分を盗む」可能性すら秘めているのである。

本当に必要なのは「フタ」である

皮膚科医が口を酸っぱくして言うのは「保湿は水を与えることではなく、逃さないこと」だ。
肌に必要なのは化粧水ではなく、ワセリンやセラミドなどの「フタ」である。
正しい手順は単純明快だ。

  • ぬるま湯で顔を洗う(石けんは最低限)
  • タオルで軽く水気を取る
  • すぐに保湿剤(ワセリン、ヘパリン類似物質、セラミド製剤など)でフタをする

以上で十分である。実際、皮膚科学の教科書に「化粧水必須」などと書かれた章は存在しない。

医薬品クリームとの関係──むしろ化粧水は邪魔になる

外来診療でよく耳にする質問がある。「ステロイド軟膏やヘパリン類似物質の前に化粧水を塗ってもよいか?」というものだ。
結論から言えば不要である。むしろ有害な場合もある
化粧水で角層を一時的に膨潤させると、薬剤吸収が予想以上に増え、局所刺激や副作用のリスクが高まる。
医師が慎重に設計した処方を「水仕事」で台無しにするのは、まさに本末転倒と言えるだろう。

文化としての化粧水──なぜ日本人は「水信仰」に囚われるのか

欧米のスキンケア文化では、化粧水は必須アイテムではない。
洗顔後はいきなりクリーム、これが普通である。
ところが日本では、戦後の化粧品メーカーが「化粧水→乳液→クリーム」という三段構えを教育し、習慣として根づかせた。
いわば「洗顔後の喉の渇きを潤すのはまず一杯の水」という物語が刷り込まれたのである。
この「水信仰」は科学というより、文化でありマーケティングの成果だ。

マーケティングの巧妙さ──「水仕事」が高値で売れる理由

消費者心理は不思議なもので、「透明な液体」にこそ神秘性を見いだす。
企業はそこに「ナノ化」「浸透」「美肌成分配合」といった言葉を付け加え、単なる水を「魔法の水」に仕立て上げる。
皮膚科学的に見れば眉唾でも、広告コピーの魔力は強い。
その結果、日本人女性は朝晩律儀に「水を顔に塗る」儀式を続けることになる。
まさに「水商売」ならぬ「水仕事」が、国家規模で営まれているのだ。

皮膚科学的に妥当なスキンケア──必要なのは「シンプル」

医学的エビデンスに基づけば、スキンケアに必要な要素は驚くほど少ない。

  1. 刺激の少ない洗浄
  2. 速やかな保湿(特に油性成分でのフタ)
  3. 日中の紫外線防御(サンスクリーン)

これだけで十分である。
化粧水はどこにも登場しない。むしろ不要だから省かれているのである。

皮肉な結論──化粧水は「観客の拍手」に過ぎない

もちろん「化粧水が好きだから使いたい」という人を否定するつもりはない。
スキンケアには文化的・心理的な要素も大きく、「習慣」としての満足感は無視できない。
しかし皮膚科学的に言えば、化粧水は主役ではない。
舞台の主役はクリームや保湿剤であり、化粧水はせいぜい観客席からの拍手である。
それを「絶対不可欠のステップ」と信じているなら、それはマーケティングに踊らされている証拠に他ならない。

まとめ

  • 化粧水は必須ではない。水分蒸散防止の本質は「フタ」にある。
  • 医薬品クリームの前に化粧水を塗るのは不要、場合によってはリスク。
  • 日本の化粧水文化は科学ではなく、戦後化粧品産業のマーケティング戦略によるもの。
  • スキンケアの本質は「シンプル」であり、余計な工程はむしろ皮膚に負担をかける。

スキンケアの真理は意外にも簡素である。
皮肉なことに、複雑な儀式を積み重ねるほど、人は科学から遠ざかる。
その象徴が「化粧水」という名の「水商売」なのである。
とひとりごつ